盲腸今昔物語【昔編】

盲腸今昔物語【昔編】
   

こんばんわ、kazuです。

前話(まだ読んでない方はコチラからどうぞ)で書いたように息子(中3)が「盲腸」になりました。正確には「虫垂炎」ですね。「アッペ」と呼ぶと「おっ、通だね!」と言われます。

私も今から遡ることウン十年前、同じく虫垂炎にかかりました。

私にとって初めての手術(骨髄提供はノーカウントとして)となった盲腸で、今でもよく覚えています。

今回は息子が盲腸を患って「ただの盲腸の手術でも、こんなに医学って進歩してるんだなぁ」と感じたお話です。

それではどうぞ。

私の盲腸手術

ウン十年前はちょっと言い過ぎでした。実際は15年程前のことになります。

兆候

あれは丁度今と同じような季節・・・爽やかな春を通りすぎ、暑い日々が訪れようかとしていた頃でした・・・(語り)

「調子悪い」

最初はそんな違和感から始まります。

当時営業の仕事をしていた私は、いつも昼食を外食で済ませていました。しかしその時はご飯を食べる気も起きず、コンビニで買ったお菓子を少し食べるくらいで精一杯。特にお腹が痛いとか、熱っぽいとかそんなことはありませんでした。

そんな日が3日ほど続き、ついにその時がやってきました。

発症

それは夜に突然訪れます。強烈な腹痛。およそ今までの人生で経験のないほどの激痛でした。

私は典型的な「病院キライマン」でしたので、ちょっとやそっとでは病院なんて行きません。これは癌を患うまで続きますが。

しかしそんな事を言ってられるレベルの痛みではなく、夜間でしたが歩いて5分ほどの夜間診療所へ。

もちろん歩くのも辛い状況ではあったのですが、「病院コワイマン」の私は救急車を呼ぶなんて大それた事は出来ず、なんとか歩いて行きました。

そこで下された診断が「十二指腸炎。かな?」というもの。

このブログを最初の方から読んで下さっている方はご存知かと思いますが、私は癌の時も初診で思いっきり誤診されております。「初診誤診マン」ですね。

実際、夜間診療所や夜間救急は専門外の医者が診察をすることもありますからね。誤診率はグッと高くなると思います。

皆様も誤診を避けるためには、痛い辛いは我慢せずに昼間のうちに専門医の診察を受けましょう。

「十二指腸炎(仮)」の診断を受けた私は、「この薬飲んだら楽になるから」と何やら漢方のようなものを出され帰宅します。もちろん効くわけないのですが。

病院へ

帰って薬を飲んでも一向に楽になることはなく、お腹を抱えて唸りながら横になっていました。

少し寝た気がします。もしかしたら気絶していたのかもしれません。

先ほど飲んだ薬が一切効果を表さないことが判ってきた私は、ここに来て思いました。

「死ぬかも」

ここに至って初めて「救急車を呼ぶ」という思考に至ります。限界まで我慢してしまう人って結構多いのではないでしょうか。

初めての119番を経験し、あとは到着を待つだけ。実際に何分で到着したのかはわかりませんが、無限の時間に感じられました。しかも救急隊がマンションの入り口が解らず入ってくるのにめっちゃ手間どったというおまけつき。

救急隊の方が私を診て「あー・・・(察し)」というようなリアクションをとったのをよく覚えています。

そして救急車で病院へ。自宅から車で10分程の病院へ搬送されました。

そこで出てきた「さっきまで寝てた顔」の先生は、私を診て「あー・・・(察し)」というようなリアクションをとります。一体何なんだ!?

そして先生から一言。「盲腸ですね」「ここでは手術できないから今からよその病院に搬送します」

救急隊と先生の「あー・・・(察し)」は「どう見ても盲腸」のリアクションだったのですね。

盲腸の症状として解りやすいもので「ブルンベルグ兆候」というものがあります。これは患部を押す時より離す時の方が痛いというもの。私はこれがはっきり出ていました。まさに教科書通りの盲腸だったというわけですね。

ん・・・?

っていうかなんでそんな教科書通りの盲腸を夜間診療所の先生は見逃したんだ???

ん・・・?

なんで救急隊は初見で盲腸を見抜いていながら手術できない病院に運んだんだ???

ツッコミどころはいっぱいありますが、ツッコむ余裕は全くありません。

後に運ばれる病院での検査で判明しますが、この時点で私は盲腸が破裂寸前、腹膜炎を起こしかけていたそうです。

現代において盲腸は死ぬような病気ではありませんが、こじらせた結果腹膜炎を起こすと一気に危険な状態になります。

私の「病院イカンマン」のせいでかなり危ない状態になっていたということですね。やはり我慢しても一利も得られません。

危険な私はなされるがまま次の病院に搬送されます。

緊急手術

次の病院へは事前に連絡が行っていたためか、到着後すぐに検査。

結果↑で書いたように腹膜炎寸前ということがわかり、そのまま手術となりました。

手術は半身麻酔をして開腹で行うとのこと。

さっさと手術室へ運ばれ手術開始です。

この時背中(腰)に刺した「脊椎麻酔」がめっちゃ痛かったです・・・

「今から針刺すけど、痛いよ?すごく痛いけど絶対腰は引かないで!」というこの世のものとは思えない看護師さんの言葉とともに味わった強烈な痛み。私は一生忘れないことでしょう・・・

手術は無事終わり、なんとか腹膜炎は免れました。

余談ですが、この時隣の隣の市に住んでいた私の親友は私に呼び出されます。その彼は当日は誕生日であり、彼女(後の奥様)と2人っきりでハッピーバースデイをしていたところの緊急召集でした。

そして入院

当たり前ですがそのまま入院。いやぁ辛かった。

何が辛いって、3日くらい何も食べられないんですよね。

盲腸さえ切ってしまえば健康な私の身体は、食べ物を欲していました。この3日くらい前からほとんど食べてなかったですし。

当時は今と違い、スマホなんてないし携帯で遊べるものも極わずかでした。緊急入院だったので大した準備もなく、暇過ぎるし腹は減るし・・・

そんな私がようやく「食べてよし」の許可が下ります。最初の食事は食事ではなく、「3時のおやつ」でした。その時出たおやつは「黒糖蒸しケーキ」。これが滅茶苦茶美味しく感じて、この後しばらくは私の好物になります。

今思うと少し不思議で、記憶違いのような気もしますが、この病院では「おかゆ」などからスタートではなくいきなり白米からの食事に戻った気がします。記憶違いかなぁ。でも、最初が黒糖蒸しケーキだったのは間違いありません。

そして定番の「ガスが出た」を経て、1週間の入院生活は終わりを迎えます。

お会計は締めて6万円。高いのか安いのかはわかりませんが、当時の私は医療保険など入っていなかったので全額自腹となります。

これが私の「盲腸物語」でした。まぁ、割と普通の盲腸の入院ではないでしょうか。

1話で今昔物語をまとめるつもりが私の体験談だけで想像以上に長くなってしまったので今慌ててタイトルに「【昔編】」をつけてきました(笑)

息子の「盲腸物語」は次回お送りいたします。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

それでは、また。

 
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