【第13話】人生で一番辛い2週間。乗り越えられたのは・・・

【第13話】人生で一番辛い2週間。乗り越えられたのは・・・
   

どうも、kazuです。

崩れ切った体調もなんとか回復してきました。

毎年この時期に風邪をひくと「まさか・・・花粉症!?」とビビってしまいますが今年も杞憂に終わりそうです。

さてさて、今回は前回に続きリハビリですね。むしろここからの人生はずっとリハビリです。今もリハビリ中だと思って生活しています。

そしていつか、元の自分と同じように、は少し無理でも同じくらいに動けるようになりたいなぁと思っております。

リハビリの続き

前回「縦になるリハビリ」を開始した私ですが、これがなかなかしんどくてしばらく続きます。

この頃の私は、ベッドのリクライニングを少しでも起こしてはいけない状態でした。つまりずっと真横。

加えて寝返りや横向きも禁止されていたので、1日中仰向けで過ごしていたんです。

なのでリハビリの時に「縦になる」と、頭の方からスーッと血が下りていくのがわかります。

そうなるとフラフラするし、血中の酸素飽和度(サチュレーション)が下がるんですよね。

そしてすぐ限界が・・・

しばらくはこの繰り返しでした。

その頃の日常

飲めず食えず

この頃私はまだ食事が開始していません。

主治医曰く「腸をだいぶ触った」とのこと。骨盤を半分取ったら腸がデロンとなりますもんね。

骨盤を戻す際にまた折りたたんで戻されたわけですが、これまでの34年間と同じ畳まれ方ではなくなったわけで、そんな都合から食事制限です。首に刺さったチューブからの栄養に生かされている状態でした。

食事制限そのものはそんなにキツくはなかったのですが、飲み物も制限されていたのがキツい・・・

私は大のコーヒー党で、1日に何杯も飲みます。

そのコーヒーを断たれるのが何より辛かった。

ちなみにその影響か、胃腸がすごく弱くなった気がします。

いや、気がするってレベルじゃないですね。弱くなりました・・・

起きれず動けず

そしてもちろんベッドから下りることは出来ません。

何か物を落としたら、ナースコールで看護師さんを呼んで取ってもらう有様・・・

申し訳なさすぎて何とか自分で取ろうとするもやっぱり無理で結局看護師さんにお願いしてました。

後から姉に聞いた話ですが、そういう場合は遠慮なく呼んでいいそうです。

むしろ自力で取ろうとしてベッドから転落→怪我をする患者が結構多いらしく、そうなった場合は看護師さんの責任になるためメチャクチャ迷惑って言われました。

皆さんも入院したら遠慮なく看護師さんを頼りましょうね。

そして肝心な「排泄」のお話ですが・・・

これは避けて通れない話ですね。

「小」は問題ありません。「バルーンカテーテル」というものが尿道から膀胱に入っていて、勝手に出て袋に溜まっていく状態です。尿意すら感じません。出っぱなしですから。

問題は「大」ですね。

これは私のような状態になるまでもなく、「大腿骨骨折」などでも同じだそうですが、「ベッド上排泄」となります。

つまりベッドの上でして、終わったら看護師さんに片付けてもらうということですね。

これは最後まで慣れなかったなぁ・・・むしろあと10歳若かったら耐えきれなかったかもしれません。

個室でトイレも部屋にあったため、非常に恨めしかったのを覚えています。

そんなこんなで、12話で書いたように勉強したりなんてことはできず、ずっとスマホでゲームをしていました。



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人生で一番辛い2週間

飲むことも、食べることも出来ず、歩くことはもちろん、起き上がることすら出来ない。

排泄の世話をしてもらい、物を取ってもらうのにも看護師さんを呼ぶ。

加えてまだまだ痛みは強く、麻薬に近い鎮痛剤でごまかす毎日。

この手術からの2週間は、これまでの私の人生で間違いなく一番辛かった期間です。

これからの人生でもこれを超える辛さはまずないでしょう。

それでも頑張れたのは、やはり妻を始めとする家族の支えがあったからでしょう。

キツく当たってしまうこともありましたが、文句1つも言わずに付き合ってくれた妻には本当に感謝しています。

この2週間を超える辛さは、家族を亡くす日まで来ないと思います。

しかしその2週間を乗り切った今、その経験は自分の力になっています。

あれだけ辛くても平気だったんだから、何でもできるはず、という風に。

どんなことでも裏があれば表があって、マイナスはプラスになるのだと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

それでは、また。

続きを読む→第14話「遠い遠い1歩」

 
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