【第9話】骨盤腫瘍の摘出手術の術式とは。そしてついに手術の日を迎えます。

【第9話】骨盤腫瘍の摘出手術の術式とは。そしてついに手術の日を迎えます。
   

こんばんわ、kazuです。

最近朝のNHK番組「0655」で流れる「ロス・プリモス」の曲がお気に入りです。

「上呂もあるのね」で朝から大爆笑してしまいました。気になる方は調べてみてください(笑)

さてさて、この闘病ブログも一つの山場に差し掛かりました。

私の闘病は大きく分けて「手術前」「手術後」「社会復帰後」の3つのパートに分かれると言えるでしょう。

その「手術前」ラストになります。

抗がん剤を使わないことが決まった以上、治療は手術のみとなり、手術日も決まりました。

肝心の手術内容(術式)ですが、主治医より2つの提案がありました。

私の左腸骨(骨盤左部分)は、内部で腫瘍が肥大化する際にあちらこちらを侵食し、穴だらけの状態でした。

ちなみに骨の中で腫瘍が大きくなる方法は2通りあるそうで、

①骨を膨らませながら大きくなる方法

②骨を溶かしながら大きくなる方法

私の場合は②だったわけで、実はそれが腫瘍を悪性と判断する大きな材料となったようです。

良性腫瘍の場合は比較的①のパターンが多いそうで、2のパターンは悪性度が高いとのこと。

そのため私の手術は切開して骨盤から左腸骨を切り離し取り出すのは同じなのですが、その後2パターンに別れます。



スポンサーリンク

左腸骨を捨てるパターン

取り出した左腸骨はそのまま捨ててしまうということですね。

腫瘍周辺の癌細胞に犯されている可能性のある肉を切り取り縫合して終了です。

その場合私の左足は支えを失うことになり、6〜7センチほど短くなるとのことでした。

それは非常に深刻な障害で、一生杖をついて歩くか車椅子の生活になります。

これは最初から手術の内容として主治医から伝えられていたため、覚悟はしていました。

看護師をしている姉からは、今は想像できないから楽観的でいられるけど大変なことだよと言われました。

今考えればその通りだと思います。

 

左腸骨を残すパターン

もう1パターンは、取り出した左腸骨の損傷状態が軽かった場合、その左腸骨を液体窒素で焼いて再び体に戻す方法です。

液体窒素で焼くのは癌細胞を殺し、再発を防ぐためですね。

これは割と手術直前に急遽主治医に提案された方法なのですが、実際に手術をしてみないとどちらになるかわからないと言われました。

もちろんその場合、骨盤は「死んでいる」状態で身体に戻るわけですから、単なる足の支えとしての機能しかありません。それに死んでいる骨は強度も落ちるため、戻したところでどれだけ自重を支えられるかわからないそうです。

そのため腫瘍の侵食によって出来た空洞には同じく左足の「腓骨」という骨を自家移植するそうです。「腓骨」とは膝から足首までの骨2本のうち、細い方のことです。そこにさらに「人工骨」が入るとのこと。

手術時間も処置が多い分余計にかかるようになり、朝から始めた手術は真夜中までかかるだろうとの話でした。

それでも左腸骨が戻せれば、両足の長さはほぼ今のままに近い状態となるそうです。

しかし、実際のところ死んだ骨を戻してまで元の状態にするよりは、いっそ無くしてしまった方が予後が良いのかもしれない、どちらが最善とは言い切れないと言われました。左腸骨が戻り、足の長さが揃ったからといってスタスタ歩けるようになるわけじゃないと。

どちらの方法を選ぶか?とは聞かれませんでした。あくまで手術をしてみて、左腸骨の状態が良ければ戻す、悪ければ取り払うということで決まりました。

実際自分がそのどちらかになるとしたら、皆さんはどちらがいいと思うでしょう。

私は左腸骨が戻せることに期待しました。

予後がどうかわからないなら、見た目だけでも症状が軽く済む方がいいと思ったのです。

共通の後遺症

どちらのパターンでも避けられない後遺症もありました。

「左腸骨」はとても大きいんです。「腰半分」と想像していただけたらそれに近いかと思います。

それを1度取り出すためには、左足の付け根あたりを大きく切開しなければなりません。

「何針」と表現するなら「100針」は軽く越える大きさの切開だと言われました。

それも単純な一文字では開く範囲が限られるため、Y字に切開します。ベンツマークですね。

そうすることでまず、その部分の神経を切ってしまうため感覚は戻らないだろうとのこと。

手術が終わって2年以上が経った今でも、やはり感覚はないままです。

足がしびれて感覚がない状態がずっと続いてるようなものですね。それでも人間ってすごいなと思うのは、もう慣れて全く気になりません。

そしてもう1つ、「腸腰筋」という筋肉もバッサリ切ってしまい、こちらも戻らないとのこと。

これは「左足を上げる」のに使われる筋肉で、切ってしまえば「腿上げ」の動作ができなくなります

手術後の歩行障害は主にここから来ていますね。

そしてこれは不思議なことですが、今は腿上げは徐々にできるようになっています。

もちろん手術前のようにはいきませんし、座った状態で腿を上げるのはほぼ不可能。右に寝返りをうつ時も左足はおいてけぼりになるので手でお迎えに行かねばなりません。

それでも歩行は随分楽にできるようになりました。

先生が言うには、人体というのは無くなった部分があると他がそれを補う動きをすることがあるそうです。スゲェ。

人体の神秘、ここに極まりましたね。

そして手術へ

以上の内容を説明され、手術の時が来ました。

手術直前、手術前夜については書きたいことがいっぱいあるのでまた番外で書きます。

以前書いた、がんセンターの「患者自身の闘う意思」を尊重する考えにより、手術室まではストレッチャー(動くベッド)でなく自分の足で歩きます。自らの足(意思)で手術室に入ることが大事なのだそうです。

特に私は、手術後どの程度まで「自分の足で」歩けるかわかりませんでしたから、1歩1歩を踏みしめるように歩きました。

こうして私は「解夏」を迎えます。

続きを読む→第10話「手術を終えて」

 
スポンサーリンク
           

闘病カテゴリの最新記事